glay-usagi’s diary

ASDグレーゾーン「うさぎ」の、理解されない人生の記録

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「熱い」ってどんな意味?

 

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ここ一週間、ほんの些細なきっかけからコミュニティ恐怖に陥っていました。一年半所属しているWeb上のコミュニティをとても怖く感じてしまい、全く入れなくなりました。

やっと頭の整理が付いたので、範囲を狭めて戻ろうと思います。こういうのは自分でも本当に面倒臭いです。後から冷静に考えればそれほどでもないことに対し、とてつもなく過剰反応してしまうことがあります

事の発端は、たった一文でした。何度か会ったこともあり、よくネットでやり取りしている友人からもらった返事の、冒頭の言葉です。私が思ったことを書いたら『いつも熱い意見をありがとう!』からはじまる返事が来た、ただそれだけのことでした。

その友人にはよくお世話になっており、イベント時には彼女の家に泊めてもらったこともあります。とても人望が厚く、私も何かと気に掛けてもらっていました。そんな彼女だったからこそ、余計に私も動揺したのだと思います。

 

私は彼女からのその言葉を読んで、とてもびっくりしました。なぜなら私はそれに該当する文章を、全く熱い気持ちでなど書いていなかったからです。あまりにも変だな、おかしいなと感じたので、苦笑いしながら思ったことをただ書いただけでした。

彼女からの返事を見た瞬間は少々違和感を感じたものの、私も再び返事を書きました。また思ったことをそのまま書いてしまったことで、不覚にも別の人をものすごく怒らせてしまい散々なことを書かれてしまいました。それは反省です、ごめんなさい…

しかし、私の頭の中には『いつも熱い意見をありがとう!』という言葉が住み着いて、どうしても離れませんでした。どうして私は熱いと言われたのだろう?彼女は何を熱いと感じたのだろう?と、それから暫く考え込んでしまいました。これがいけなかったのだと思います。

その疑問には、私が今まで幾度となく感じていたにも関わらず、よくわからずに放置してきた「小さな違和感」を全部掻き集め、爆発させるだけの威力がありました。そこから一気に色々な記憶や考えが頭の中を駆け巡り、数時間後にはコミュニティが恐くなり途方に暮れていた次第です。

 

 

ここ最近、私は何人もの人に「うさぎは熱いね」と言われます。さっぱり意味がわからず、言われる度に混乱します。何人かには「どこが?」と聞いてみたのですが、いまいち理由がわかりませんでした。

なぜなら、私はこれまでずっと真逆のことを言われ続けてきたからです。冷たいだの、情がないだのとは日常茶飯事で言われていました。それが突然、熱いと言われるようになったのです。

今までの「熱い」と言われた状況は全て、会話の流れの中でした。なので違和感を感じても、結局私には自分の『どの言動』がそう言われているのかわかりませんでした。そのため、毎度の「想定外のこと」として何となくスルーしてきました。

ところが、今回は違いました。彼女が指摘した点が明確でした。はじめて私にも「この言動が人から熱いと見られている」と理解できました。理解できたことで、なるほど勉強になったで済めば良かったのですが… そうはいきませんでした。

 

記憶力の良さは便利なこともありますが、こういう場面では裏目に出ます。普段は忘れていた些細なことまでも、この事に関係するかもしれない過去の出来事が次々に蘇ってきます。自分でも止められません。

相手の意図は理解できていなくても「いつどこで誰にどんな状況で何と言われたか」を私はよく覚えています。思い出すと自動的に、ひとつひとつ検証をはじめています。検証したところでわからないのですが、それでも次々に思い出してしまうので、もう頭の中がパニックです。

そして、人が熱くなるときはどんなときか。人のどんな姿が熱いと感じさせるのか。人の熱い姿を見たら、そのあと何を感じるのか… そんなことを何日間も、考えられるだけ考えていました。

 

私が「熱い人」と聞いて真っ先に思い浮かべるのは、多分ほとんどの人と同じです。テニスの人です。それから、ドラマは観たことがないのでモノマネ芸人さんの印象が強いのですが、髪の長いB組の先生です。

私は彼らが好きでも嫌いでもないです。ただ単純に凄いと思いますし、私にはできないと思います。それなのに、自分では全く熱い気持ちでしていないことに対して、彼らと同様に見られているのかと思うと鳥肌が立ちます

私はどちらかと言うと、普段から冷めている方だと思います。過去に色んな人から言われてきた「冷たい」という評価は、善し悪しは別としてしっくりきます。変なところには執着しますが、周りの人が熱くなっている場面でも冷静に分析していることの方が多いです。

 

もちろん私にも、自分でも「熱くなっているな」と感じることはあります。他の人と同じように、スポーツを観て大騒ぎもします。直近でエキサイトしまくったのは、第3回WBCの台湾戦です。かの有名な「鳥谷二盗」の試合を、私はたまたま現地東京ドームで観ていました。

彼の盗塁がどれほどの賭けだったかを知ったのは後になってからですが、試合の後半はずっと観ながらぼろぼろ泣いていました。9回、当時のライオンズバッテリーがマウンドに立ったときには、何故か自分事のように藁にもすがる思いで祈りながら観ていました。

そんなときだったなら、熱いと言われても納得です。本当に熱くなっているからです。しかし私が言われたのは、ただ普通に会話をしていただけのときです。今こうしてブログを書いている瞬間の方が、余程色々と考えていて真剣です。

 

それに、彼女は『いつも』と言いました。しかし私は彼女と共に関わっている場で、熱い気持ちで意見をしたことはほとんどありません。個人的に彼女の前で少し熱くなってしまったことはありますが、そのときは勝手に彼女に甘えてしまっただけで、意見をしてくれたのは彼女の方です。

何人かに熱いと言われた理由を聞いてみたときに、私はよくわからないままでしたが「そんなうさぎがいい」と言ってくれた人がいます。私はその人を信頼しているので、その言葉は信じます。

ただ、世間では必ずしも熱い良い意味とは限らないことを私も知っています。人によっては自分勝手、周りが見えていない、押し付けがましいと言う意味で遣うこともあり、好意にも嫌味にも使える便利なフレーズです。私には、相手がどちらの意味で使っているのかがわかりません。

 

私は基本的にポジティブに考える性格なので、今までは言われても楽観的にスルーしてきました。でもそれは、何について言われているのかがわからなかったからこそです。

具体的に指摘され、それが自分の意図に全く反していたことで、これまでの違和感が堰を切って押し寄せました。もしかしたら私は『いつも』自分勝手で周りを見ず、押し付けがましいことを言っていると思われていたのではないだろか… そう思ったら、とても怖くなりました。

私は今までの人生で、大勢の人がいるコミュニティに属した経験があまりありません。今でも苦手ですし、そのような場での振る舞い方には自信がありません。一応は全力で、不快感を与えないように気を配ってはいる積もりです。

まずは肯定をしてから自分の意見を言う。主語を自分にして「私はこう思う」という言い方にする。感謝の気持ちを添える。相手が賛同しなくても受け入れる… など、本当に気の許せる人以外にはとても気をつけています。いつだって冷静に、そして謙虚に自分の意見を伝えている積もりだったのです。

 

私は、常に熱い人間と見られているのでしょうか…。私から見たら、周りの人の方がよっぽど熱いです。私なら「嫌だ、やりたくない」とぶん投げることでも、他の人は丁寧にちゃんとやっています。私は信念云々ではなく、できないからやらないだけです

熱いと言うのは、何かをより良く変えたいという信念を持っての言動のことだと思います。私には、滅多にそう思えることはありません。自分の不快感を取り除くだけで精一杯です。

しかしここ数日間考えた結果、どうやら「思ったままの言動をする」と、私は熱いと言われることが多い気がします。信念は関係ないのでしょうか?「熱い」の感覚が、私は少し違うのかもしれません。

それとも他の人は、それほど考えて言っていないのかもしれません。「いつも元気だね!」と同じ感覚で挨拶程度の意味しかなく、それに対していちいち反応してしまう私が過剰なだけでしょうか?

 

それでもやはり「わからない」ということは、私にとって物凄いストレスです。今まで幾度もそのせいで、いつの間にか人が離れて行ったり嫌われたりしてきました。放置すると悲しい結果が待っていることが多いので、どうしても怖く感じるのです。

私はいま属しているコミュニティで、これまでだいぶ頑張って色々と発言してきました。そこは「そういう場」だと思っていたからです。自分事として考え、自分の意見を持ち、それを表現する練習の場だと言われたので、そのようにして来ました。

でも本当はとても疲れます。ここ数日間一切の距離を置いてみたら、とても楽でした。気を抜くとこのままフェードアウトしてしまいそうです。それもいいかなとも思うのですが、暫く保留にします。

 

これからは大好きなお兄ちゃんたちとのグループや、好きな人とだけ個人的に繋がって行ければ良いのかもしれません。無理してコミュニティに参加しなくてもいい、そう思えるようになりました。

私は「所属するなら積極的に活動しなければ」と思ってしまいます。細かいことは我儘な癖に、大枠になると生真面目なところがあります。

それでも、苦手なりにも頑張ってきたおかげで、好きな人がたくさんできました。色んな人に気に掛けて頂き、良くしてもらっています。それで十二分だと気づきました。まだ少し怖いですが、結局はなるようにしかなりません。

今回わかったのは『無理してコミュニティに参加しなくてもいい』ということです。それだけのために一週間を費やしました。またお兄ちゃんたちとのグループをサボって心配を掛けてしまいました。もう本当に自分のこういうところ、面倒臭いです…

 

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