glay-usagi’s diary

ASDグレーゾーン「うさぎ」の、理解されない人生の記録

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「うさぎの印象」その1:人目を気にしなさそう

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私には、一年以上前からの付き合いの3人のお兄ちゃん」がいます。たまにしか会って話せませんが、毎週のようにネット上でやりとりをしています。3人とも、私とは歳が一回り以上離れていますが、とても良くしてくれる大好きな人たちです。

ある「塾」のような場所での同期生で、お互いにある程度のことは知っている関係です。今までの人生を振り返って発表する機会が、幾度もあったからです。しかし、このブログに書いてあるようなことは一切話したことがありません。近々、話してみたいとは思うのですが… もう少し色んな事を書いてからにしようかな、と思っています。

その3人に、先日「私の印象(特に変なところ)」を聞いてみました。その回答と、それに対する自分なりの考察を、数回に分けてひとつずつ書いてみたいと思います。

 

今回はシリーズ第一回『人目を気にしなさそう』という回答についてです。

 


 

〖意外とそう言った、他人からどう見られているかを気にするのか? という感じ〗…だそうです。これは、私が3人に質問をしたこと自体についての印象なのかな、と思います。

確かに、私は「自分がやりたいと思ったこと」は、人にどう言われようとやってしまう所があります。逆に「生理的に無理だと感じたこと」は、どんなに良いと勧められてもやりません。と言うより、できません。

はじめにこの回答を見たときは「いや、すごく気にしているんだけどな…」と思ったのですが、よくよく考えてみると当たっているようです。恐らく私は、自分が人からどう見られているかについて、無頓着です。

 

しかし、私は「自分がどう見られるか」は気にしなくても「相手がどう思っているのか」はすごく気にします。この違いが、人に伝わるのかどうかはわかりませんが…

私が『マスク 』を身に付けて人の顔色を伺い続けて来たのは、自分が良く思われたかったからではありません。そうしなければいけないと信じて来たからです。( → 参考記事:『マスク』について )

物心ついた頃から母親に「人の迷惑を考えなさい」「人の気持ちを考えなさい」と言われて育ちました。人の気分を害することは悪だと思っていました。だから、相手の気分を良くさせるために『マスク』を身に付けたのです

もちろん仕事でも、嫌われるよりも好かれた方が楽です。私は接客が得意です。機械的に「機械的にならないように」振る舞えます。相手の気分を損ねないことは、苦情を言われず円滑にこなすための最低限の努めだと思っていたからです。

 

「相手がどう思っているのか」を気にするもうひとつの理由は、好きな相手に嫌われることがとても怖いからです。もちろん誰だって、良い気はしないと思います。最近は好きではない人に嫌われることを、何とも思わないでいることを覚えました。そこはちゃんと、ドライでいられるようになりました。

よく知らない人を好きだと思うことは無いので、私が好きになるのは親しくなれた人限定です。それからたくさんやり取りを続けると、私はどんどん相手のことが好きになります。恋愛感情ではありません。人としての好きで、その人とやり取りをすることを、とても楽しく感じるのです。

でもある時を境に、急に避けられることがとても多いです。明確な理由があったなら、それは仕方がないことです。しかし私には、全然身に覚えがないのです。ついこの間まですごく仲が良かったのに、突然そうなってしまう感じです。

相手にとっては何か理由があったのでしょう。でもそれが、私には全くわかりません。もしかしたら、避けはじめるまでに予兆があったのかもしれません。それも私にはわからないので、ある日突然にと感じてしまいます。

 

更に厄介なのは、避けられていることにさえ気づかないことです。それまでが親密で楽しければ楽しいほど、私は避けられるなんて夢にも思っていません。結果的に何ヵ月間も気づかずに、一方的なやり取りを続けてしまっていることが多々あります。

だいぶ後になって本人から言われたり、人から指摘されたり、完全に連絡が取れなくなったりしてはじめて気づきます。とてもショックです。大好きだった人に避けられてしまったことももちろんショックですが、それ以上に、全く気づかなかった自分に一番ショックを受けます。そして同じことを何度も繰り返す自分が、とても嫌になります。

相手が嫌がっていることをずっと続けていた… そんな自分がとても悔しいです。なぜ私は大好きな人のことをこんなにも理解できないのだろうと、とても悲しくなります。嫌われるのは、仕方がないことです。でもそれに気づかないことは、本当に怖いことです。

 

私にとっては、相手が「変わっている」ことと、その相手への「好き嫌い」は完全に別です。私から見てもとても変わっているなと思う人の中でも、好きな人と嫌いな人がいます。逆も同じです。

だから私はきっと「自分がどう見られるか」をあまり意識していないのだと思います。変わっていると思われることは構いません。その代わり、好きな相手がどう思っているのかはとても気になります。また同じ悲しみを味わうことが怖いです。

でも、いくら気にしてもわからないものはわからないので、あまり意味がないのかもしれません。それよりも、目の前のやりたいことや、できないことで手一杯です。それで結局は、人目を気にしている暇がないだけなのかもしれません…

 

( → 第二回へ続く:「うさぎの印象」その2:冗談だか本気だかわからない )

 

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